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渋谷駅ですれちがった少女
渋谷駅ですれちがった少女、私が山手線の電車から降りるとホームにいつから立っていたのか、私の方を見て、少し不安そうでもあるが微笑んでいた。手には何か荷物を持っていた。しかも両手に一個ずつである。私は、後ろからの人の流れもあり、その娘が気にもなったが、そのまま流れにのってその娘の前を通り過ぎてしまった。そしてそのまま改札口を出た。あれから、25年その風景を思い出す。私も若かった20才の青年だった。一声かけていれば、同じ思い出でもそこにはあのかわいらしい彼女の声もいっしょに記憶に残ったものを。残念である。
命の大切さ
私がこうして書く必要もないだろうが、何かを書き残すことで、誰かが、それを読んで共感してくれたらと思う。私が命の大切さを実感するのは、私自身の運命を感じるからである。私は、最近、正確には7ヶ月前に妻が、双子の女の子を無事産んだ。この年齢まで子供も作らずにいた私は、妻のおなかの中にいたわが子に興味津々であった。しかも双子だからよけいにだ。そして心配も人一倍だった気がする。生まれてきたわが子に人並みではあるが、かわいさとたいへんさも感じた。たぶん、親としての自覚、そして親としての責任だろう。かわいらしさもたいへんさもいまだ続いているが、育てているよりも親としての自覚を感じつつ、責任をはたしているのだろうと思う部分をひきづっている感じだ。「親とは、親としての自覚を子供から教わり、それを果たしている」。だから、親はたいへんなんだと思うことは、今までの自分の親との関わりの中でもかなりの甘えがあったことを認めるとともに、自分の親の偉さも見えてくる。「親は偉い」。自分も少し偉くなった気がする。いつか、子供たちが大きくなって、父や母の日に「お父さんありがとう」、「お母さんありがとう」と言ったら、たぶん嘘でもうれしくて、泣けてくるかも。
自分の将来をみつめて
自分の将来が輝いていると思っていたら、いつのまにか、輝きを失っていた。いつも優等生、でも社会に出て、今は一種の落ちこぼれ状態、いくつもの峠を乗り越えてみたら、そこには穏やかな下り坂が永遠に続いてる。もう急な上り坂はないものの、もう職場でのリーダーシップは影を潜める。どんなにもがいても先は見える。こんなとき、先人たちはどうしたのだろう。ふと自分のことを情けなく思う反面、これまで続けてきたことを一つ一つ思い出してみる。友達がいる、同級生とのもあい、ゴルフ、音楽活動、ライブ活動、歌がある。CD製作、子供、沖縄に住んでいること、・・・。考えてみるとちょっと楽しくなった。逃げ道がたくさんある。そして決して一人じゃない。ゴールまでまだあるから、優等生であり続ける難しさを知り、挫折も知った今、できることを自分なりに考えてみることにしよう。今一度。月並みだけど全てに「感謝」。
人の死について
人が死ぬ。特に親戚、そして親、兄弟。知人、友人など。去った4月19日にいとこの姉さんが亡くなった。その人は、私がこの間、ライブをした川崎市に住んでいて、私のライブに合わせて、知人に声を掛けてもらった。今年の初めには沖縄に帰ってきていて、桜坂のこの姉さんの知り合いのスナックに連れて行ってもらい、カラオケをいっぱい歌った。この兄弟には私と同級生がいて、私のゴルフ仲間であり、ギターの腕前も私より上手な「のりき」だ。彼と彼の父は、昨日のうちに東京へ行った。来週には、お骨を持って、沖縄に帰って来るそうだ。あと亡くなったいとこの姉さんには娘が一人いて、大学に通っている。すでに旦那さんも亡くなっているので家族は一人になってしまった。告別式は土曜日に予定されている。
許せないこと
許せないかも、心の中に今も残るあの「出張帰りのお土産」事件。自分の父親が僕のために買ってきてくれたと思っていたあのプラモデル、別の義兄弟のもとへ。そのころうすうすとわかっていたが、いまでも記憶は鮮明である。
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