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久しぶりに凄い人に会いました
まさしく、あの「仲間さん」よりも上かもしれない。凄いユタの能力を持った人に会いました。どこの誰かは今は言えませんが、その人のお話しを書き込みたいと思います。この人のことを今後「あの方」とします。
「あなたのお父さん 倒れているかも」
「あなたのお父さん 倒れているかも」。「そんなことないわよ」。「朝 ジョギングして、昼間も忙しそうにしていたけどここにくる前はテレビや新聞見たりしてゆっくりしていたわよ」。「でもあなたのお父さん あなたが帰った後、すぐに倒れるから、そのときは救急車呼ぶでしょう。この救急車、きっと琉大付属病院に連れて行こうとするけど絶対そこにいっちゃダメ。必ず、県立中部病院に行ってもらいなさいよ。わかった、必ずよ」
「ジリン ジリン」「私よ、お父さん倒れちゃった。救急隊の人が中部病院まではもたないっていっているのよ。ねえ、琉大でいいでしょう。」「ダメ、必ず、中部病院に行ってもらって、必ずもつから、わかった」
「あんた、お父さん危篤よ。明日の朝まで持たないって言われているのよ、医者から、わかったら、何とかして頂戴?」「私ね、おなかすいているから、ご飯食べないと力が出ないよ。」「あんた、わかっているの。私のお父さんは危篤なの。ご飯なんか食べている暇はないわよ。」「私はね、ご飯食べないと拝みはできないよ。」「もうわかったわよ。食堂行きましょ。何か、食べされるから、もう」
それから、ご飯を食べた後、夜中の12時、中部病院の裏手の農道の拝みする場所へ出かけた。
「おがみをする場所があるはずだけどね、ないわね。」しばらくさがしたけど見つからない。そのとき、一人の老婆が通りかかった。「ええ、ねえさん、拝所はそこだよ。」「おばー、ありがとう」「ありゃ、へんね、こんな時間におばーが通るわけ無いけど」「おばーありがとう」 「ここね、やっと拝めるわ。」「神様・・・・」
「神様がね、あなたのお父さん明日の10時には目が覚めて、午後の5時には一般病棟に移れるから、心配しないでって言っているから」「人のお父さんだと思って、いいかげんに拝んでるさ」「もっと時間をかけて、拝んだら」「そんなことないよ。それにいくら拝んでもいっしょだから戻ろう」
病室に戻ると医者から「ご家族の皆さん、今日がやまですが、たぶん持ちませんから、帰らずに待機していてください。」
朝になって「もう、大丈夫です。峠は過ぎました。もう大丈夫です。それにしてもよく持ちました」
「ジリーン ジリーン」「ねえ お父さん もう大丈夫だって ありがとうね」「だから言ったでしょう。だいじょうぶだって」 以上
代々木ゼミナール
もう25年も経ったのか。1年しかいなかった東京、代々木ゼミナールで浪人生活を送っていた。医者になることを夢に見ていた浪人生活だった。琉大を休学していたので多少なりと甘えがあったと思う。「どうせ、夢は夢で終わるのか。そのときは琉大に戻ればいいや。」ぐらいだった。なさけない話しである。もう少しがんばっておけばと今はとても後悔している。でも東京の生活は、楽しかった。初めて乗る電車、地下鉄、そしてモノレール。そして彼女もできた。その彼女は、ぼくのことをがんばればできるといつも励ましてくれていた。人生の楽しみを結果的に満喫していたんだと思う19歳のあのころである。
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